長い長い季節から
2013年 04月 07日 |
4月になって、1週間が過ぎました。
この1ヶ月、忙しい中にもたくさんの動きがあった。
毎年のごとく迎えていた忙しい時期がきて、ここ2ヶ月ほど連日帰宅は深夜。まあ、それでも旦那よりは早いんだけど。
このまま4月以降もここに居るんだろうなあって思ってた。
すごく忙しいし、電話鳴りっぱなしだし、もう人と話すのも嫌になるくらいなんだけど、それでもこの仕事は好きだった。人の採用や配置に関わる部分に携われることなんて貴重な機会だし、人探しをしたり、尋ねられたことに対して調べたり、時には人と人の間や学校の間を調整したり。学校からの要求が過密になることもあったけど、それでも感謝されることは多かったし、とてもやりがいがあった。
親分が、「オレはもう1年いることになりそうだ。もう1年よろしく頼むよ」と言ったときに、あーあ。また来年もこれをやるのか。っていう気持ちもあったけど、でも強く望まれて仕事ができること自体に感謝したし、けっこう嬉しかった。

3月半ばになり、さらに仕事は過激になっていった。学校からの要求もエスカレート(まあ毎年のこと・・・)。
日中は電話対応に追われ、書類のことや事務処理は夜になってから。でも、この仕事の担当は私と親分だけだったし、私の欠点、「人に仕事を頼めない(とはいっても、立場上私が一番下なので、なかなか頼みにくい!)」が発動して、連日一人で残っていた。でも、親分は自分のピークが過ぎたこともあり、帰ってしまう。
なんだかんだ一緒に仕事してほしいって言ってたけど、私が居れば自分が楽だからそう言ってるだけで、うまく使われてるだけなのかも?
3年前にいた課長が、私に「君はあと5年くらいはここにいたらいい。そしてだんだん業務量が増えていって、最後にはどうにもならなくなっていくんだ」って言ったのを思い出した。私は、親分だけではなく学校にも便利に使われる?
気分が落ちているときというのは、どうにも、様々なことが悪い方向に向いているようにしか思えない。自分でもそれはわかっていても、それでも言葉に出さずにはいられなかった。
「もう来年は、やりません!」と、夜に仕事をしながら、親分にボヤいた。
親分は、「困るよ。」と言った。「みそさんがやらないなら、俺もやらね。学校に、おまえらのせいでみそさんが来年やらないと言ってる、もうおまえら自分でやれよって言うから!」とまで言っていた。

学校うんぬんもあるけど、親分自体がいったいどういう真意なのかはかりかねてるから・・・・とは言えなかったけど、とにかく、2日間くらいいろんな意味で私は暴れてたと思う。
親分がいないとき、「親分は私のことなんて考えてないんです」って、夜居た先生に愚痴ったら、「そんなことはねえべ・・・」と彼は答えた。

見かねた課長が、必要なときは別室で作業してもいいから、と言った。
何にしても、担当が私と親分しかいないっていうのが問題があるような気がする・・・
とはいえ、親分は課長より上の立場だし、誰も何もいえないし、私も作業的なことは早くから他の人に手伝ってもらえるように段取りすればよかったと反省。
まさか今年度はこういう形で大変になるとは・・・・・
昨年度はすさまじい体調不良。その前は嫌気がさして憤慨したと思ったら地震。何らかの形で綻びが出ているような気がする。
冗談抜きで、今年なんとか過ぎたとしても、来年はどういう形で出てくるのか・・・・!

13日水曜日の夜。
親分が、私のことを呼び出した。
「ボス(一番上の人)が、みそさんが最近思い悩んでいるようだから、話を聞いてやれって言ってたんだよ。俺も最近忙しくてなかなか話をきいてやれなかったからよ。冗談抜きで、最近学校の先生からどういう話を受けたのか、どういう要求があったのか、教えてくれるか?今度の総会でちょっと言ってやろうと思ってるんだ。ボスもそういう意向だから。」
なんだか先生の個人面談というか、カウンセリング入ってて恥ずかしかった。。。
親分がそんな風に聞いてくれたことはとても気恥ずかしかったんだけど、嬉しかった。
やっぱりがんばろうって思った。

私 「一つお願いがあるんですが、29日の退職の辞令交付式、私も出てもいいですか?一つの〆だと私は思っているので。」
親分 「いいよ」
私 「ありがとうございます。誰に言ったらいいですか?」
親分 「オレが許可する」
私 「ありがとうございます」


14日木曜日。
前日までの怒涛の問い合わせが収まり(おそらく〆日を過ぎたから)、久しぶりに「通常の1日」を過ごした気がする。
ボスに決裁をもらうときに、いつも黙ってもらうのではなく、何気ない会話をするんだけれど、このときは「もし、来年も引き続きいたときは、よろしくお願いいたします」ということを私が言った。

ボス 「いないでしょう」

私 「えっ・・・・」

ボス 「こちらとしては残念だけれど、あなたの希望がかなうかもしれないよ」

私 「でも、大丈夫なんですか?」

ボス 「しょうがないよ。なんとかなるでしょう。いったいどこを希望したの?」


希望。確かに去年に引き続き、私は異動希望を出していた。
希望の部署を書くことになっているので、確かに部署名はいくつか書いたけれど、本心はというと、特に明確に「どこに行きたい」ということはなかった。ただ、どうせ別の部署にいくなら、新しい分野のことがやりたいと思っていた。この仕事のいいところは、一つの分野にとらわれず、暮らしをとりまく多方面のことを知れること。私はそう思っている。
前の忘年会のときに、ボスに同じことを聞かれたとき、やっぱり次のように答えたんだけど。

私 「うーん。特に、明確に何かがやりたいわけではないんです。ただ、今まで福祉、教育と来たので、新しい分野のことがやりたいと書きました」

ボス 「前にも、そんなことを言っていたね」


親分にも、「いいなあ、希望がかなって。オレも学校に戻りたかったんだけどな」と言われた。
後のことを聞くと、「まあ、なんとかなるよ」と言っていた。

異動?私、異動?
本当に異動できるなんて思ってなかった。でも、ボスも親分もああ言っていたってことは、本当に異動??
もしかして私が「もうやらない」なんて言ったから?
この仕事はとても好きだ。大変だけど、やりがいもあるし。でも正直、やっぱり新しい仕事に携わってみたいという気持ちもある。
気遣ってくれたのだとしたら、親分に申し訳ない。
でも、いったい私はどこへ行くんだろう・・・。

15日金曜日。
総会が行われた。
私は出席しなかったけど、他の先生方と本人曰く、親分は本当に私のことについて言及したらしい。
学校からなぜか、「これからもご指導よろしくお願いいたします」という電話がかかってきたりした・・・。

親分は、終日優しかった。
前日のこともあり、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
いろいろ頼まれごともあって、やっぱり分刻みの日だったんだけど、夕方から東京への最後の研修(むしろ卒業式ぽいもの)があったので、あまり話せず、1日が終わった。

16日土曜日は、研修の卒業旅行っぽいもので、南アルプス市へ。
17日日曜日は、旦那が家具のアウトレットセールに行きたいと言っていたので、幕張へ。電車でも遠かった・・・!!けど、新しい住まいでのベッドを購入することができました。

月曜日になり、まだ〆切りのある事務処理がたくさん残っている状況だったんだけど、上のお姉さまに手伝ってもらってなんとか終わらせる。
やっぱり、こうやって人に手伝ってもらうということを覚えなければ。。。。ということを痛感。
人に振りすぎるのも問題だけど、人にまったく振れないのは自分の技量の無さだなあと思う。どうしても、「その人の負担を増やしてしまうなあ。だったらそれくらいなら自分でやってしまおうかな?」って思ってしまうんだよね。あれ?考えてみると、これって今に始まったことではないような@@

仕事で夜遅くまで残っていると、だいたいいつも同じようなメンバーになってくる。
隣の課でも、いつも同じ人が残っていた。
その人も、「俺も、前のときからよく、人に仕事を振れって言われるんだよねー。全部自分でやろうとするところがあるから。まあ、人に振って、うまくやってたら、今頃こんな時間に仕事してないよな!ははは」と言っていた。
ほんとにお互いそうですよね・・・w でも人に仕事振るっていっても、親分にはさすがに振れない・・・。

その人と、周りの様子が先週の木曜日から急に変わったという話になった。
私もボスや親分から妙な話をされたということを話したら、「あの二人は正直だから、それは本当だと思うよ」と言っていた。
そうかあ。私やっぱり異動なのか。。。

ほぼ確定っぽい気がしたので、やらねばならないことをなるべく早く終わらせて、引継ぎ書作成に入ることにした。
旦那は普段遅いし、土日くらいしか一緒に居られないので、なるべく土日には仕事を入れないようにしてたんだけど(イベントとかは除く)、それからは土日も祝日も仕事に行くことにした。


22日の金曜日、内示が出て、私は秋葉原勤務になった。
「希望がかなう」ということは、こういうことだったのか。
隣の席の人はなぜか、私より先に既に知っていたw ボスから偶然聞いてしまったらしい。
希望通りといえばそうなんだけど、複雑な心境だ。
正直、先のことよりも今のことのほうが心配だし、親分がやろうとしていたこともわかるので、それを補佐できないのが心配でも残念でもあった。
私はずっと親分に使われているんだと思っていた。
でも時々、特に忙しい時期の夜、一緒に仕事をしているときに話してくれる一言とか、ボヤきに、本心が含まれている気がして。私が他人に対して持った印象と、親分が持っている印象は、それほど大差がなかった。
たまたまかもしれないけれど、オレ様に見えるこの人は本当に人を見ている?
自分のことをいつも「オレはこんなすごいことをしてるんだ!オレ超すごい」という自画自賛な人なんだけど、確かに、意外と仕事は細かいような。特に配置に関しては、その人の希望、通勤距離から先の将来についても考えられた上でなされていた。
優しい人事。私はそう思う。

けど、あまりにもコキ使われていたところもあったので、好きで側に置いていたのか、便利だから自分のためにそうしていたのか、計りかねていた・・・。

私のことを考えて、希望をかなえてくれたのなら、私は長い間親分に対してとても失礼だったと思う。


先のことは4月になってから。
それまでは自分が、学校や親分のためにできることを、むしろ今しかできないことをできる限りやりたい。
家のことはかなりないがしろになった部分もあったけど、旦那にも「3月中までだから!」と言って、仕事に没頭することにした。(旦那ありがとう)


27日水曜日。

数々の辞令を受け取りに出かけるとき、親分と一緒の車だった。
なんだかんだいって、親分とこうして車で出かけるのはこの時期のこの日だけな気がする。前に一緒だったのは、ちょうど1年前だ。

私 「希望をかなえていただいて、本当にありがとうございました。ただ、先の心配もあるのですが今は、後のことのほうが心配です」
親分 「人事課長がきて、(私が秋葉原へ行くことについて)本人の希望だからと言うから、ボスがオレに大丈夫か?って聞いたんだ。オレは、まあ、いなくなったら大変だけれど、本人のためを思えば、そうしてやるべきでしょう。って言ったんだ」
私 「そうでしたか・・・。ありがとうございました。正直に言えば、私は便利に使われてるんじゃないかって思ってました。そんな風に考えていて、申し訳ありませんでした」
親分 「いつまでも首輪つけて、そこに留めるわけにもいかないだろう?新しい仕事をして、また何年かして新しいところにいったらいい。ボスもいってたけど、30倍だって言ってただろう?その中から行くというのは、凄いことですよ」
私 「うーん。私なんかが秋葉原に、なぜ?という気持ちもあります」
親分 「もちろん、その人の持つ力という理由もある。ただ、けっこうみんな自分の力だけで行ったような気になる人が多いけれど、オレはよく、1引き2運3力という言葉を使っている」
私 「運も必要なんですか」
親分 「そりゃあ運も必要。でもなんといっても、『引き』がないといけない。いくらいい力を持っていても、それを発掘する人がいないと埋もれたままだろ?だから引きが大事。ボスの一言。オレの一言。もちろん、力もある程度ないとダメだけどな」
私 「そうですね、ありがとうございます。ここに来なければ、こういうことになることもなかったと思います」


29日金曜日。
退職辞令交付式。
退職する人、異動する人、百数十人が集まった。
思えば、私の父も今年定年退職だった。ちょっと過ぎちゃったけど、旦那と一緒にお酒をお祝いに送ることにした。

辞令交付式では、いろんな人に挨拶が出来て良かった。
校長先生、教頭先生、事務の方々、たくさんの人が窓口にも来て声をかけてくれた。
わざわざ待っていてくれる人もいた。
立場上、学校の先生と関わることは多かったし、なかなか親分や私に言いにくい部分もあったと思う。
ただ、仕事のやりとりに過ぎなくても、そこに関わるのはあくまでも人間であって、人同士のコミュニケーションが基本になると思う。
やりとりの中に心を感じてもらえたでしょうか?
どんな立場になったとしても、どんな関係でも、人間として好きになってもらえたら幸いです。

気持ちを返してくれたから、こうやって仕事することができたのだと思う。
これから先、具体的に何をしたいかということを長らく考えずじまいだったけど、できることなら、学校に関わる仕事をしたいなと思う。

一緒に仕事をした先生方、学校の方々、そして親分、4年間本当にお世話になりました。
新しいところで何かを学んで、いつかまた戻って来たいと思います。
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春の嵐の前の桜
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by yuki-chami | 2013-04-07 14:57 | にちじょう | Comments(5) |
Commented by nanahoshy at 2013-04-07 16:57
怒涛の3月でしたね!ホントにおつかれさまでした。

記事も一気に読ませて頂きましたが、これで思いが全部ではない
と思いますが、気持ちが溢れてましたね。
なかなか短いコメントでお応えするのは難しいのですが、
感じたのは、やはり見てる人は見てるし、あきらめずに
もがいてみるってのが大事なんだなって。
それから、引継ぎってどこも短い時間しか設けないんだなって(笑)
辛い時間はその時は分かりませんが、確実に自分を磨いてくれます。
そう思わないとやってられません!(´_ゝ`)

春から秋葉原ですか。
どんなお仕事が待ってるか分かりませんが、
変わらずの「みそ節」を期待しております。
Commented by とわ at 2013-04-07 21:31 x
秋葉原には何が待っているのだろうか‥昔、温泉でなんか聞いたことあった気がしたんだけど‥(;一_一)
まだまだ、みそ子の進化はとまらない感じがする‥!!
私もそろそろ新ブルー様として目覚めねばならない時期が近づいているよー

立場は全然違うけど、お互い今年も気持ちも新たに頑張って行きましょう(`・ω・´)ゞ
Commented by yuki-chami at 2013-04-08 20:53
>ペシュさん
こんなコメント返しにくい記事にコメントをありがとう!しかも1ヶ月も更新してなかったし。
日記にはタイミングがなくて書かなかったけど、1月に少し残念なことがあって、そのときにも「見ている人は見ている」ということを聞きました。どこで見ていたのかわからないし、何がどうなったのかわからないけど、せっかくもらったチャンスだから楽しむつもり!
あと「みそ節」ってなんだ(>_<) 仕事での電話相手にも、「でた!みそ節!」と言われた・・。何か独特なのだろうか?
日記で若干タイミング逃して言いそびれたところもあったけど、おめでとう!夢が一つ叶いましたね!

>とわちゃん
秋葉原の部署は、今までとはまったく違うのですよ・・。そこに興味を持ったのはここ1、2年のことなんだけど。
とわちゃんには、新ブルー覚醒というイベントが来月待ってるね!ついに魔法使うんですね?@@
いいなあとわちゃん!私たちは、環境もこれから向かうところも若干違うけれど、お互いとても幸せだと思うよ。
お互いに新しい春になりそうだね♪
Commented by ざき at 2013-04-12 20:24 x
やっほー!! おひさしぶりぶり~
久しぶりにブログ拝見しました~
なんだか色々あって大変だったみたいだね
やっぱ仕事もなんでもだけど、出来るってことも大事だけども
人との関わりってすごく大事だよねぇ(-д-*)
そして“みそ節”のいいとこなんだろーね~(΄✹ਊ✹‵)フフ
そして心機一転、新しい職場でもがんばだよぉー+.*.。゚+(P∀`q。)+..。*♪

あたしも今は、毎日、新入社員の教育で・・・毎日日替わりで違う子を教えながらの仕事でちょっと大変。
だけど、こーゆー風に教えてあげたら、次に考えて動けるかなーとか私も考えるから
私も進化できてるかなぁと前向きに思ってるわー
お互いに頑張りましょね~(*・ェ・)ノ
Commented by yuki-chami at 2013-04-19 10:37
>ざきちゃん
久しぶりすぎる!!元気だった?お酒も呑んでる!?
めいぽからお互いに遠ざかって、もう3年くらい経つのかな。便りがないということは、仕事や家庭で充実しているか、他に好きなことをみつけたかと想いをめぐらせるけど、やっぱりたまにでも思い返してくれると嬉しい!
私もここ数年はなんといっても「仕事」の時期だったと思う。大変だけれど、めいぽであっても仕事であっても、夢中になれることは幸せかな。
ざきちゃんはどうですか?
また日記更新してください!楽しみにしています♪

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